Honda E-Clutchの開発メンバーの方々にお話を聞くことができました。
『CBR650R』『CB650R』開発責任者の筒井則吉さん、Honda E-Clutch開発責任者の小野惇也さん、テストを担当した責任者代行の吉田昌弘さんです。
3人のお話を聞くと、Honda E-Clutchの魅力がさらに理解できるかもしれません。
開発はいつからはじまったのか?
まずはHonda E-Clutchの開発が、いつ頃から始まったのかを伺いました。
「クラッチをコントロールするという技術研究に関しては約10年かかっています。その間、色々な技術のクラッチや変速の技術を研究してきました。現在の形になったのは2019年くらいです。」(小野)
実際の開発ではご苦労もたくさんあったようです。
「技術よりは着想にいたるまでが大変でした。マニュアルミッションの進化を目指してきたのですが、当初は今とはずいぶん違うものだったんです。それを現在の形にするためにしっかりとコンセプトを決めることが重要で、そこに時間がかかりました。」(小野)
小型化というところも考えられていました。
「最初は技術検証のためにクラッチをコントロールするアクチュエーターを装着していました。そこを何回も改良して現在の大きさまで小さくすることができました。」(小野)
テストの取りまとめをしていた吉田さんはこのシステムのことを聞いたとき、そのメリットがピンとこなかったのだと言います。
「正直に言うとはじめはメリットが良く理解できていませんでした。ところが実際に乗せてもらって印象がまったく変わりました。手のひらを返したように(笑)。これは是非付けたいと思うようになりました。」(吉田)
他にも吉田さんと同じように考えていた人はいたようですが、実際に乗ってみると誰もがその素晴らしさを認識。
Honda E-Clutchを世に送り出そうと力を合わせたのだと言います。
そして一番大変だったのは量産化でした。
「エンジンをコントロールするエンジン制御ECU(電子制御コントロールユニット)と、クラッチのアクチュエーターをコントロールするMCU(モーターコントロールユニット)というユニットをうまく通信させながら、クラッチのアクチュエーターを的確にコントロールさせるという点が大変で、量産開発の中で一番苦労しました。」(小野)
こうした苦労を経てHonda E-Clutchが誕生したのです。
快適で楽しく走るための技術
ここからは技術に関してお話を聞いていくことにします。
ビギナーが気になるのは、Honda E-Clutch搭載モデルに乗ったらエンストから開放されるのか…ということかもしれません。
「システムが作動しているときにエンストすることはありません。ただしクラッチレバーを握ったときは一般的なマニュアル車と同じ状態になるので、Honda E-Clutchのランプが消えているとき、乱暴にクラッチレバーを離したりしたらエンストします。」(小野)
変速するときにクラッチレバーを握らなくても良いという点に関してはクイックシフターと似ていますが、比べた場合のメリットとデメリットは気になるところ。
「変速に関していうとHonda E-Clutchにはメリットが多くあります。基本的なクイックシフターとしての動作に加えてクラッチがコントロールできますから、よりスムーズなんです。」(小野)
試乗させていただいたHonda E-Clutchのマシンは、変則的なシフト(加速しながらのシフトダウンや減速しながらのシフトアップなど)をしてもスムーズでした。
こういった操作も考慮されて開発されていたのだと言います。
「スロットル開けていても閉じていても、どんな状態でもシフトアップ、シフトダウンができます。その時の状況に応じてクラッチやエンジンの点火と噴射をコントロールしてセッティングしています。 」(小野)
気になるのはUターンや低速で走行するときの作動です。
この点も考えられていました。
「低速でのことも考えています。クラッチ操作しなければエンストすることもありませんからその点はメリットになるでしょう。ただ、私自身もそうなんですが、自分のクラッチ操作のタイミングで駆動力をつけたり、逆に抜いたりして車体をコントロールしたい時はあると思います。そういう時はクラッチレバーを握ることで、どちらの操作にも対応できるようになっています。」(小野)
では、クラッチレバーを離したら、どのようにシステムが復帰するのでしょうか?
「クラッチ操作を終え(クラッチレバーを離す)クラッチが完全につながると再び自動制御状態に戻ります。色々な要素によって復帰タイミングは変わりますが、クラッチ操作を終えた後は、大枠車速により決まるイメージです。その他にも、停車時にギヤポジションをニュートラル(N)にするなど一定の条件により自動制御に戻るように設計されています。」(小野)
ストリートではメリットがいっぱいのHonda E-Clutchですが、サーキットのスポーツ走行などでも使うことができるようです。
「サーキットなどのスポーツ走行も十分に可能です。クイックシフターに半クラッチの制御が加わるので、よりスムーズな変速ができますから、サーキット走行にも貢献できると考えています。」
スポーツ走行するときにシフトがさらにスムーズになったら、より楽しく走ることができそうです。
メンテナンスと調整は?
調整やメンテナンスに関してはどうでしょうか?
「クラッチレバーの調整に関しては、普通のマニュアル車と同じように調整してもらって大丈夫です。システム側にも半クラッチのポイントはあるんですが、それはシステム側で自動学習するようになっています。メンテナンスに関しても通常のマニュアル車と同じです。ただクラッチ板を交換したりした場合はクラッチのつながるポイントが変わるので、システムに学習させる必要があります。その点はショップで設定することができます。」(小野)
クラッチ板の寿命に関しても気になる人がいるかもしれません。
これに関しても摩耗が増えるということはないのだそうです。
「一般的な普通のクラッチの場合、どんな乗り方をするかによってクラッチの減り方が変わってしまいます。クラッチミートが上手ではなくて、回転を上げてクラッチをつなげるような乗り方をしてしまうと、どうしてもクラッチの摩耗も早かったりするんですが、今回のシステムの場合はいつも同じようにクラッチミートしてくれるので、クラッチ操作の上手な人と同じくらいになるか、むしろ寿命は延びるはずです。」(小野)
「ただ、このシステムは優れているので、普通ではやらないような2速、3速での発進も簡単にできてしまうんです。そういう乗り方をしてしまうとクラッチの摩耗は増えてしまいます。変速はライダーにやっていただくシステムなので、適切なギアで走行していただくことは重要です。」(吉田)
「ギアが何速に入っているかはメーターのインジケーターで知ることができるので、それを活用していただければいいと思います。」(小野)
DCTのクラッチとの違い
ところで同じHondaのDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)との違いはどうなのでしょう?
「DCTとは機構的にまったく違うものです。DCTの場合はオイルポンプで油圧を発生させてシステムを制御しています。Honda E-Clutchの場合はアクチュエーターで直接クラッチをコントールしています。車種やエンジン特性の違いなどもあるので、簡単に比較するのは難しいかもしれません。」(吉田)
比較するべきものではないということでしたが、あえてメリットをあげていただきました。
「Honda E-Clutchの場合、アクチュエーターの応答性がいいので、車種に合わせたセッティングがやりやすいという特徴はありますね。
今回のCBR650R E-ClutchとCB650R E-Clutchでは、スポーツバイクの特性にあった味付けにしています。色々なマシンに対応できる汎用性があるシステムです。」 (小野)
これからどのように広がっていくか
今後Honda E-Clutchはどのように広がっていくのかはとても気になるところです。
最初の機種にCB650RとCBR650Rが選ばれたのは世界的に数多く販売されていることが要因でした。
「このマシンはビギナーからベテランまで幅広い層に楽しまれているだけでなくグローバルモデルなので、全世界のお客様にHonda E-Clutchの魅力を知っていただけるということから採用が決まりました。」(筒井)
さらに多くのマシンへ展開される可能性もあるようです。
「このシステムはレバーの動きをアクチュエーターに置き換えるものなので、クラッチレバーが付いている機種なら何でもつくはずですよ。」(吉田)
「多少の開発時間はかかりますが、汎用性が高いシステムなので色々な車種に展開できると思います。技術的な発展性もあると思います。今回のマシンにはついていませんが、TBW(スロットルバイワイヤシステム)と組み合わせたらシフトダウン時のブリッピングもできるでしょうね。」(小野)
「余談ですが、開発しているときは冗談でローンチコントロールのようなシステムもできるよね、というような話も出ました(笑)。」(吉田)
ローンチはレースなどで、スタートから最高の加速力を得るためのシステム。
クラッチミートのタイミングを最大の加速力を発揮する回転数に設定したらローンチコントロール的な使い方もできてしまうというわけです。
実際にローンチコントロールは検討されていませんが、それくらい様々な方向に進化するポテンシャルがあるということなのでしょう。
最後にマシンのテストを統括されていた吉田さんの言葉で締めくくることにしましょう。
「初心者向けのシステムと思われるかもしれないのですが、クラッチレバーの操作なしで走れるということはベテランの方にもすごく恩恵を感じていただけるのではないでしょうか。渋滞路だけでなく色々なステージでシフトアップ、ダウンの時にどれだけレバー操作に煩わされていたかという点を改めて認識してもらえると思っています。」(吉田)
バイクをより快適にするだけでなく、走る楽しさをも引き上げるHonda E-Clutch。
乗れば乗るほどのその素晴らしさが分かっていただけると思います。
その走りを是非体感してみてください。
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Honda E-Clutchに関する情報は、以下のサイトでもご紹介しています。
▶『Honda Technology 技術は人のために』
電子制御クラッチ「Honda E-Clutch」ーHondaが考える、ライディング体験の新たな楽しさー
▶『Honda Stories Hondaの”今”と”これから”がわかるメディア』
世界初「Honda E-Clutch」はいかにして生まれたか。苦節10年、諦められなかった開発者たちの終わりなき情熱
【文/後藤武(外部ライター)】