最近、Honda車への採用がスタートした注目の新技術「Honda E-Clutch」(ホンダイークラッチ)。
ケース・バイ・ケースの話ではありますが、煩雑なクラッチ操作から乗り手を解放するこの機構を採用するCB650R E-Clutchを、伊藤さんは興味津々でテストしました!

伊藤真一(いとうしんいち) 1966年、宮城県生まれ。1988年、国際A級に昇格と同時にHRCワークスチームに抜擢される。以降、世界ロードレースGP(MotoGP)、全日本ロードレース選手権、鈴鹿8耐で長年活躍。2025年は監督として「Astemo Pro Honda SI Racing」を率いて、全日本ロードレース選手権や鈴鹿8耐などに参戦する。
竹川由華(たけかわゆうか) 1999年滋賀県出身。バイク一家で育った竹川さんは、バイクがあるのが自然という環境で成長した生粋のライダー。BDSバイクセンサーイメージガールとしても活躍中で、現在は愛車としてホンダCBR250RR(2020年型)などを所有。
百戦錬磨の伊藤さんもHonda E-Clutch初体験は驚きの連続
私事ですが身内の者が最近、Rebel 250のE-Clutch搭載車を買おうかなと言っているので、今回のCB650R E-Clutchの試乗はとても楽しみにしていました。
まず発進ですが、自動でクラッチが切れているので、車体が前に飛び出すことはないと頭では理解してはいるのですが、クラッチレバーを握らずにシフトペダルを1速に踏み込むことは勇気が入りますね(苦笑)。
1速に入れた状態でスロットルを開ければ、自動でクラッチがつながって発進できます。HondaのDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)の極めてスムーズな発進感覚に比べると、E-Clutchの発進はバッと前に出る感じがあります。
タンデム走行で竹川さんを後ろに乗せているときは、竹川さんを驚かせることのないように気を遣いました。次第にE-Clutchの発進感覚には慣れましたが、もうちょっと穏やかな発進の方が自分の好みには合いますね。
面白いなと思ったのは、E-Clutch機能をオンにしているときとオフにしているときで、クラッチレバーの遊び量が大きく変化することです。
E-Clutchが機能オンになっているときにクラッチレバーを操作してギアを1速に入れると、クラッチ自動制御が一時的に無効になる仕組みになっています。つい普段のクセで、クラッチレバーを握って発進しようとしたとき、何度かエンストしそうになって焦りました。
クラッチレバーの操作を終えてから数秒後にクラッチ自動制御は有効になるのですが、このようなE-Clutchの特性に慣れるまでは、走らせていてヒヤリとすることがあるかもしれませんね。
走り出してすぐに思ったことですが、車体を左右に振って走らせてみると、わずかながらE-Clutch機構のある車体右側の方が重いと感じました。ただし、E-Clutchを採用していない、CB650Rのスタンダードモデルと比較しての話で、一般ライダーの方ですと気付くことはないわずかな差なので、走りを楽しむ上で問題になることはありませんでした。
車体や足まわりに関しては、スタンダードのCB650Rとの違いは感じられませんでした。E-Clutch採用車用に、車体関連の仕様を変更しているということはないようです。
CB650Rの車体は乗っていてコンパクトに感じられ、ライディングポジションにも問題はなく、とても扱いやすくて良いと思います。
スタンダード版CB650Rと差を感じるエンジンフィール
低速域で、発進のほかクラッチレバーを操作する場面といえばUターンがありますが、先ほど述べましたようにクラッチレバーを操作しているときはクラッチ自動制御が無効になり、レバーの遊び量が変化します。感覚的にはかなり「遠め」につながるクラッチになるので、そのことを頭に入れて操作しないといけません。
この辺りも発進同様、慣れていくうちに自然に対応できるようになると思います。クラッチレバーの操作感は、とても軽いです。ただ、つながるストローク感はもうちょっとほしいなと思いました。
スタンダードのCB650Rは、この連載で何度も取り上げていますが、今回試乗したE-Clutch採用車の4気筒エンジンのフィーリングは、今まで体験した中で一番好ましく感じました。
過去に試乗したスタンダードのCB650Rは、エンジンブレーキ時の燃料カットのためか、回り方にギクシャクしたものを感じることがありました。しかし、今回試乗した車両のエンジンはギクシャク感がなく、スロットルを開けたときに感じていたフリクション感も少なくなっていました。
E-Clutch採用車はスロットルを開けているときも閉じている時も、シフトアップとシフトダウンができるように、点火や燃料噴射を制御するECU(エンジンコントロールユニット)が、E-Clutchのモーターを制御するMCU(モーターコントロールユニット)と連携しています。その制御がエンジンフィーリングの向上にプラスに働いているのかもしれません。
もっともこれは、改めてスタンダードのCB650Rと乗り比べないと断言はできませんけど……。
ともあれ、スロットルを開けて加速しているときのフィーリングも、エンジンブレーキをかけているときのフィーリングも、CB650R E-Clutchの方が好ましく思えました。
一般的にクラッチのマニュアル操作不要で変速できるというと、多くの人は4輪車のトルコン変速機とパドルシフトの組み合わせなどをイメージすると思います。ただE-Clutchはそれらとは全然異なり、ロードレーサーや高級モデルに採用例が多いクイックシフターの操作感に近いです。
クイックシフターの点火カットに加えクラッチの断接が制御されているので、クイックシフターの発展版のように感じました。スロットル・バイ・ワイヤではないのでオートブリッパーはないですけど、シフトアップ時もダウン時も、上手く制御しているのがわかります。
E-Clutchに乗り方を指導され達人の伊藤さんもタジタジ?
シフトペダル荷重は、アップとダウンそれぞれ3段階に設定できるのですが、走り出しからしばらくは中間のミディアムにしていました。その後、ソフトとハードも試してみましたが、街中ではソフト以外は考えられないと思うほど、乗りやすく感じました。
峠道で走りを楽しむならばハードのクラッチミートポイントでも良いと思いますが、ゆるゆるとつながっていくソフトな感覚の方が、自分には一番好ましかったです。
シフトダウン時もソフトの方がクラッチが長く滑ってからつながる感じで、バックトルクリミッターが付いているみたいな減速フィーリングになります。それも、自分の走り方には合っていましたね。
そのほかE-Clutch採用車に乗っていて面白く思ったのは、選んでいるギアに対して走行速度が遅すぎると、シフトインジケーターのギア数字の横で、シフトダウン操作を促すために下向きの矢印を点滅表示する点です。
E-Clutchを正しく機能させるために、ドライブおよびドリブンスプロケットの丁数変更は禁じられており、1速以外で発進しないよう取扱説明書には記されていました。耐久性自体には問題はないのでしょうが、クラッチを消耗させないように色々な配慮がされているのですね。走行中メーターを見ていて、シフトダウンするように促す表示が出ると、あ、シフトダウンしなきゃという気持ちになって、ちょっと焦ったりしました…(苦笑)。
スタンダードのCB650Rが103万4000円で、E-Clutch採用車が108万9000円。DCTの場合、有りと無しの価格差が10万円くらいなので、E-Clutchは比較的安価に採用できるメカニズムと言えるでしょう。CB650R E-Clutchの場合、スタンダードとの重量差は2kg増で、採用しても大幅な重量増にならないのもE-Clutchの特徴です。また油圧ではなく電力で動作するので、小排気量車に採用しやすいのも大きなポイントだと思います。
バイク選びの選択肢が増えるE-Clutchの登場を歓迎します
連載でDCT搭載車を取り上げたときもこの話はよくしますが、長年バイクに乗ってきて、クラッチレバーを操作することが自然なことと思っているので、クラッチ操作をしないで済むことにありがたみや嬉しさを感じることは自分にはありません。大昔のバイクのようにクラッチレバーが重い場合は、クラッチレバーを握らなくても変速や発進・停車ができるE-Clutchが付いていれば非常に便利と思うかもしれませんが、量産車がアシスト&スリッパークラッチを採用するようになってからは、クラッチ操作がつらいモデルはだいぶ減りましたし……。
ただ、坂道発進やUターンなど、低速時のクラッチ操作に自信がない人にとっては、E-Clutchはありがたく感じるメカニズムでしょう。E-Clutchに慣れるまでは、E-Clutchの特性をしっかり理解する必要はありますが、バイク選びの選択肢が増えることはとても良いことだと思います。
試乗中に思ったことですが、もし教習所を卒業したばかりで教習車以外のバイクを知らない方が、CB650R E-Clutchに乗ったら、どんな感想を述べるのだろう? と考えました。自分のように、乗り始めは戸惑いを覚えるのだろうか? それとも一般的なクラッチ操作が必要なバイクに長年触れていない分、違和感なくすんなりとE-Clutchの扱いに馴染めるのか? など、実際どうなのか興味がわきましたね。
最初にお話しした、E-Clutch搭載のRebel 250ですが、自分も早く試乗してみたいと思いました。CB650Rより排気量の小さい単気筒エンジンのレブルと、E-Clutchの組み合わせがどうなのか? 知りたいです。
CB650Rって、どんなオートバイでしたっけ?振り返ってみましょう!
CB650Rは大型免許を取得して、最初の1台として大型初心者の方に選ばれることが多いモデルです。フロントフォークにSFF-BPを採用してからのCB650Rは、積極的にピッチングを使うキビキビとした走りが、ハンドリングの味になっていると言えるでしょう。
650cc4気筒エンジンは、スロットルを開けている時の気持ちよさがとても良いです。思いの外、車体がコンパクトに感じられるので、比較的非力な女性ライダーや大型初心者のライダーにとって、そのコンパクト感に由来する扱いやすさは、きっと好ましく感じられるでしょう。操ることの楽しみを、ビギナーからベテランまで、幅広い層が満喫できることが、CB650Rというモデルの魅力だと思います。
PHOTO:南 孝幸 まとめ:宮﨑健太郎
*当記事は月刊『オートバイ』(2025年4月号)の内容を編集・再構成したものです。