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伊藤真一のロングラン研究所 GOLD WING TOUR 50TH ANNIVERSARY 編

今回は、その車名が示すとおり初代モデル誕生から50周年を記念して作られた特別仕様車「ゴールドウイング ツアー 50thアニバーサリー」を取り上げました。ホンダのフラッグシップであるゴールドウイングを、伊藤さんはどのように評価したのでしょうか。

伊藤真一(いとうしんいち) 1966年、宮城県生まれ。1988年、国際A級に昇格と同時にHRC ワークスチームに抜擢される。以降、世界ロードレースGP(MotoGP)、全日本ロードレース選手権、鈴鹿8耐で長年活躍。2025年は監督として「Astemo Pro Honda SI Racing」を率いて、全日本ロードレース選手権や鈴鹿8耐などに参戦する。

 

新しくなるたびに進化するゴールドウイングの操安性

今回のゴールドウイングツアー50周年記念車の試乗は、とても楽しみにしていました。というのも、実は自分自身が欲しいと思っているモデルだからです。周囲にゴールドウイングのオーナーはいませんが、長年ホンダのフラッグシップとして君臨してきたモデルであり、いつかは所有してみたいと憧れていました。私はあと20年ほどはバイクに乗り続けるつもりですが、その頃には78歳になります。フラッグシップモデルですから走りや仕上がりも上質で、長く所有しても満足感が色褪せることはないでしょう。さらに50周年記念車のボルドーレッドメタリックのカラーリングも、自分の好みにぴったりでした。

現行型はフロントにダブルウィッシュボーンサスペンションを採用しています。初期型の2018年モデルを試乗したときには、高速道路での優れた安定性に強く感心しましたが、ワインディングでのハンドリングは、それ以前のテレスコピックフォーク搭載モデルに比べるとスポーツ感に欠ける印象でした。しかし、この連載でたびたびゴールドウイングに触れてきた中で、モデルの熟成が進むごとにハンドリングが確実に改善されていく印象を抱いていました。そして今回の50周年記念車では、それがさらに一段と良くなっていると感じました。

街中の信号待ちからの発進では、大柄な車体ゆえに低速で多少ふらつくこともあります。しかし速度が乗るにつれ安定感が増し、前後サスペンションが路面の凹凸をうまく吸収しながら、曲率の大小を問わずコーナリングを楽しむことができます。基本構造は初期型から大きく変わっていないものの、現行モデルの操縦安定性やハンドリングは格段に向上しています。不思議に思えますが、おそらくダンパー設定の改良や各部の剛性調整など、地道な改良の積み重ねが効いているのでしょう。

今回試乗した50周年記念車の走りには、ほとんど文句の付けどころがありませんでした。テレスコピックフォークのように、フロントブレーキでガクンと沈み込む挙動もなく、Uターンも慣れればスムーズにこなせます。その扱いやすさには、誰もが驚かされるでしょう。

 

停めていても、走らせても、常に意識する高級な仕上がり

ゴールドウイング系だけに搭載される水平対向6気筒エンジンは、パワーもトルクも十分で、車重を忘れさせるほど軽快に巨体を走らせてくれます。スロットルバイワイヤによるライディングモードは「ツアー」「スポーツ」「エコ」「レイン」の4種類ですが、スポーツモードは少々やりすぎかな……と感じました。他のモードとの大きな違いは、開け始めと低回転域での応答性にあり、スロットルを操作すると“ドンツキ”に思えるほどツキが鋭い印象です。公道主体の一般ライダーはスロットルを大きく開けるのをためらうため、あえてこれくらいの設定にしているのかもしれません。ただ、自分にとっては欲しい分よりも先に加速してしまう印象があり、馴染みにくさを覚えました。一方、スポーツ以外のモード設定は適切だと感じました。

前後ブレーキのタッチや制動力は、ツアラーであるゴールドウイングにふさわしい設定で、不満はありません。車体全体から受ける印象は、ゆっくり走らせても速く走らせても常に上質感が漂い、“高級な乗り物を操る”という感触を終始与えてくれました。また、停車してトランクを開ける際も「パカーン」と開くのではなく「スーッ」と開く動作にまで上質さを感じました。跨って目にするメーターパネルやセンターコンソールも質感が高く、随所にフラッグシップらしい作り込みの良さを感じさせます。

ウインドスクリーンやカウルの仕上がりも、大きな魅力のひとつです。前世代の1800ccモデル(テレスコピックフォーク仕様)の試乗を真夏に行った際には、ウインドプロテクションが効きすぎて風がライダーに全く当たらず、暑さでバテそうになりました(笑)。現行ゴールドウイングは、その高い風防性能を維持しつつも、適度に風をライダーへ導く工夫が施されています。そのため、今回も真夏の試乗でしたが、市街地走行でも快適に風を感じられました。走行中にさらに防風性能が欲しいときには、左ハンドルスイッチ操作で電動スクリーンの高さを自在に調整可能です。しかも、ライダーとスクリーンの間に不快な風の巻き込みが発生しない点も、とても好印象でした。

取材に同行したスタッフは、歴代ゴールドウイングの特徴のひとつでもあるオーディオシステムの音に大いに感動していました。ただ、正直に言うと私は「もっと音質を磨き込んでほしい」と思ってしまいました。というのも、自宅に特別な防音オーディオルームを造るほどオーディオに情熱を注いできた過去がある、自称オーディオマニアだからです。

50周年車オーナーになるには色々なモノを捻出しないと?

 

もちろん、私のようにオーディオへのこだわりが強い人でなければ、ゴールドウイングの標準オーディオに不満を持つ人はほとんどいないと思います。四輪車では高級オーディオメーカー製のシステムをオプションで選べる例がありますが、ゴールドウイングにもそうした選択肢が用意されれば、きっと喜ぶ人はいるでしょう。もし自分がオーナーになったら……結局はあれこれ手を加えて、オーディオをカスタムしてしまうかもしれませんね。

かつてのゴールドウイングにはMT仕様も設定されていましたが、現行モデルは7速DCTのみです。ただし、DCTの変速制御はどの走行モードでも適切に感じられ、MTがないことを不満に思うことはありません。さらに、二輪車として唯一エアバッグを装備しているのも、このモデルならではの特徴です。そして今回の試乗では、その効果を試す機会がなかったのは、残念というよりむしろ幸いだったといえるでしょう。

また、安全装備の進化として、次期モデルにはACC(アダプティブクルーズコントロール)が搭載されるとの噂もあります。ただ、四輪と二輪では車間距離の感覚に違いがあるため、実際に採用された場合、どのような仕様や設定になるのか非常に興味深いところです。

今所有しているバイクを手放せば、何とか1台分のスペースを空けてゴールドウイングを迎え入れられるのでは……? と考えるくらい、50周年記念車の購入は真剣に悩みました。しかしこのモデルは受注期間限定で、すでに締め切りは終了。今から入手するなら、各ディーラーの在庫を探す必要があります。その仕上がりや内容を考えると価格が高めなのは納得できますが、車両本体価格が税別350万円というのは、やはり即決するには迷ってしまう金額です。

「50周年記念車を見送り、次は75周年モデルを待つ」という選択肢も頭をよぎりますが、そうなると自分が掲げている「あと20年はバイクに乗る」という計画を5年延長しなければなりませんね。

試乗を終えた今の気持ちとしては、50周年記念車を買うかどうか、結論はまだ保留です。チームのレース活動が忙しく、たとえ手に入れてもプライベートで乗れるのは年に1、2回程度になりそうだからです。

とはいえ、私のように「50周年仕様」であることにこだわらず、最高峰のツーリングバイクとして今ゴールドウイングを求める方には、自信を持ってお勧めできる1台です。高級感にあふれたゴールドウイングで快適なツーリングを楽しめる人は、本当に幸せだと思います。

 

 

(注意書き)
PHOTO:南 孝幸 まとめ:宮﨑健太郎
*当記事は月刊『オートバイ』(2025年11月号)の内容を編集・再構成したものです。

 

 

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