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伊藤真一のロングラン研究所 CBR1000RR-R FIREBLADE SPと過去のFIREBLADEを振り返ってみよう編|ゲストは須貝義行さん&太田安治さん

初代CBR900RRが登場してから32年、今日まで長年続いてきた歴代「ファイアーブレード」に接し続けてきたエキスパートの3人に、今後の1000ccスーパースポーツのあり方、そしてファイアーブレードの過去・現在・未来をアツく語っていただきました!

全日本最終戦の気になる舞台裏

(右)伊藤真一(いとうしんいち)|Astemo Honda Dream SI Racing 代表
1966年、宮城県生まれ。1988年ジュニアから国際A級に昇格と同時にHRCワークスチームに抜擢される。
以降、WGP500クラスの参戦や、全日本ロードレース選手権、鈴鹿8耐で長年活躍。
現在は監督として「Astemo HondaDreamSIRacing」を率いてJSB1000クラス、ST1000クラスなどに参戦! 当研究所の主席研究員。
(中央)須貝義行(すがいよしゆき)|JSB1000最高齢ライダー
1966年、宮城県生まれ。1985年にロードレースデビュー。
1989年国際ライセンスを取得し、全日本選手権、鈴鹿8耐などで長年活躍。
1995年は世界GP(現在MotoGP)125ccクラス参戦。1998年には米デイトナで日本人初優勝を記録。
(左)太田安治(おおたやすはる)|月刊『オートバイ』一筋48年!
東京都出身。元ロードレース国際A級ライダー。1976年から月刊『オートバイ』の試乗テスターなどを担当し、今まで試乗した車両は5000台を超える!

 

太田:10月末のMFJグランプリ、良いレースを観せてもらった。2位の野左根(航汰)くん、やるじゃん!

伊藤:全日本JSB1000最終戦で表彰台に上れましたが、航汰が頑張りましたね。うちのキット車(CBR1000RR-R)で鈴鹿を予選2分4秒台。決勝では5秒台のペースだったら、ファクトリー車を相手に戦える。速いでしょ?(笑)。

須貝:速いよね~。他のCBR勢よりラップタイムが1秒くらい速い。その速さの秘密って何?

伊藤:車両に関してはいろいろな要素はありますけど、一番は軽量化ですね。関係者のみんなで各部の軽量化を頑張ったのが効きました。

太田:今のCBR用レースキットは、昔の2スト時代のGP車で例えると「Bキット」くらいの内容なの?

伊藤:レベル的にはBキットもないですよ。バルタイを微調整できるカムスプロケットはキット内容にありますが、カムシャフト自体は用意されていません。野左根の車両もガスケットを代えて圧縮比を調整しているだけで、エンジンは実質ノーマルみたいなものです。やはり一番はライダーですね。表彰台に上がったレース2は途中セーフティーカーが介入しましたが、再開のタイミングの時に野左根は「オレの出番だ!」ってノリで狙っていたみたいです(笑)。彼はスゴイですよ。その実力はシーズン開幕前の、自分の想像をはるかに超えてました。

須貝:あのレースは最後まで、観ていてハラハラする展開でしたね。

伊藤:今年は最終戦まで、レース終盤で離される展開が多かったですが、今回は最後までファクトリー車と勝負できました。鈴鹿の場合、セクターを16等分してあちこちでパワーを絞ったり上げたりして、最適な制御になるように調整しています。今回はそれが上手くいって結果的にタイヤの保ちが良くなったため、野左根は最後までファクトリー車と競争できました。電子制御に関しては、ファクトリー勢にまだ追いついておらず、若干の差はありますね。ただやっぱり、一番大事なのは乗る人間の速さですね(笑)。彼は本当に頑張りました。

太田:須貝さんは来年もCBR1000RR-RでJSB1000を走るの?

須貝:はい、来年もCBR1000RR-RでJSB1000を走ります! 今年は不甲斐なくもノーポイントだったので、まずはポイント獲得が目標ですね。

太田:その歳でまだやるの?(笑)。すごいなぁ~、頑張っていると思う。須貝さんの車両は初期型のSC82だっけ?

須貝:そう初期型でエンジンはミッションを含めノーマルです。去年シーズンが終わったタイミングでまったくの市販車状態の現行CBRに筑波サーキットで乗る機会があったのですが、市販車としてちゃんとできているんだなぁと思いました。

太田:ちゃんとって、どういう意味で?

須貝:レースベース車とは違う、という意味です。1年間レースベース車で参戦していて、セットアップの基準値的なものを上手く出すことに苦労しました。電子制御などいろいろいじれるところがたくさんありすぎて……。昔の2ストのレーサーなら標準セッティングに合わせ、そのセッティングを信じて走り込めば、ある程度のところまではいける。ライダーも成長できるというものでしたが……今の電子制御のバイクは、スプロケットがショートでもロングでも、補正がかかって普通に走れちゃう。そういうことでセットアップの判断に悩んだりしましたが、ようやく最近はその辺の理解が深まってきたので、もっとCBRの実力を引き出せると思います。

 

公道とサーキット、それぞれに求められる要素の違い?

(右より)初代SC28(1992 年)、SC44(2000 年)、SC57(2004年)、SC59(2007 年)、SC77(2017 年)そしてSC82(2020年)の歴代ファイアーブレード。
SC82 より「R」がひとつ増え、車名がCBR1000RR-R となりました。

伊藤:SC82は今のナンバー付きのバイクで最速ですよ。SC82はプロジェクトのスタートから2023年までライダーとして開発にかかわりましたが、サーキットでライバル車と乗り比べると1秒半から2秒くらいSC82の方が速い。海外のジャーナリスト向け試乗会では、開催コースでの当時のスーパーバイクレーサーに近いタイムを出して、なんだこれは! と話題になったこともありました。

須貝:エンジンの耐久性もすごくて、シーズン開幕前に組んでもらったエンジン、オイル交換だけで1シーズンを使えます。本当に市販車としての性能と完成度は、驚異的に高いですよ。

伊藤:完成度が高いから、ノーマルからレーサーに改造することの難しさがあるとも言えますね。エンジンとシャシーのバランスが崩れてしまうことがある。レーサーとしての開発初期には、JSB1000の車両よりも、改造範囲の狭いST1000用の方が良いタイムだったこともありました。開発がある程度進むと、当然JSB1000車両の方が速くなりましたけど……。

太田:今の1000ccスーパースポーツは、最初のCBR900RRが登場した時代と違って、スーパーバイク用レーサーベースとして完成させないといけないから開発が難しいよね。

須貝:伊藤さんは90年代、ファクトリーのRC45とか乗っていたから、900ではレースしたことないよね?

伊藤:CBR954RR(SC50)エンジンの、TSRのAC90Mからかな? 2003年の鈴鹿8耐でポールポジションを獲ったことを、設計者の光島(稔)さんと先日MFJグランプリのパドックで話して思い出しました。長年レースの現場にいると、昔のことは忘れますよね(苦笑)。

須貝:確かに。自分は900時代からレースしていたけど、いつからかは覚えていない。筑波テイストのHUGEクラスかな? 優勝したと思うけど、90年代はいろんなことありすぎて、ひとつひとつ詳しく思い出せない(笑)。900の後も929(SC44)や954で、三重・四日市のチームヨシハルさんのところでレースをしました。RC45の片持ちスイングアームを付けたり、いろんなことをやりましたね。954では、2002年の全日本第2戦の筑波で、プロトタイプと混走で総合6位、新設のJSB1000でクラス優勝したこともありました。その年は鈴鹿8耐でも954で、総合15位でクラス優勝してますね。ピボットレスフレームの929と954は、とても良いバイクでした。よく曲がるので、コーナーでスロットルを開けても怖さがない。1000cc相手にはストレートで負けるけど、コーナーでは勝てる。TSRの辻村猛さんも、当時そのことは言ってましたね。

伊藤:過去のモデルのなかでは、SC57が好きで強く印象に残ってます。SC59に変わったとき、最初のころは全然曲がらなくてビックリしました。車重は軽かったけど、重心が低すぎたんですね。SC57はあんなによく曲がったのに……と戸惑いましたが、SC59も峠道で走らせると乗りやすくてとても良く感じる。公道とサーキットでは、やっぱり求められるものが違うと思いました。

1000ccスーパースポーツの乗り物としての魅力

太田:やっぱり、最初のCBR900RRが一番衝撃だったかな。当時のリッタークラスは速かったけど大きくて重いモデルが主流で、そんな中で900は250や400のレーサーレプリカ並みに峠道で振り回せた。撮影で芦ノ湖スカイラインを走ったとき、面白くて降りたくなくなったくらい。今覚えば16インチタイヤのゴロンとした感じが確かにあったけど、当時は比較するものが他になかったから。

須貝:自分はSC57かな。954に乗っていたころに感じた上位とのパフォーマンス差が、ぐっと縮まった印象がありました。2004年の鈴鹿8耐では序盤3位を走って、最終的には6位入賞でしたが、SC57なら戦える! と強く思いましたね。

太田:1000になってからサーキット用になったという感覚は、ほぼストリートでしか乗っていない自分が一番感じているかもしれない。違う種類のバイクになった。それまでのレース用は750ccのRC45とかですみ分けできたけど、プロダクションレースのベースが1000ccになったから、そちらの需要にも対応しなくてはいけなくなった。1000以降のCBRはどんどんバイクとして「硬質」になっていって、街中や峠道で乗るとトゥーマッチな印象を受けるようになったね。ナンバー付きは販売せず、レースベース車のみ販売する例が増えていくのも、仕方ないことかも。

須貝:スポーツランドSUGOの走行会インストラクターをしているとき、1000ccスーパースポーツに乗って公道で飛ばすと、社会的に抹殺されることになりますよ、という話は参加者の方々によくしています。

太田:四輪のフェラーリやランボルギーニに乗っているドライバーが、みんな公道を本気で走らせているわけじゃないみたいに、高性能でカッコ良いから1000ccスーパースポーツに乗っているという人もいるでしょ。そういう需要がビジネス的に成立しなくなったら、レースベース車しか売れなくなる。

伊藤:思うんですけど、SC82の性能の「非日常」ぶりって、スーパーカーを買っても得られないです。排気量6000ccで800馬力のクルマでも、SC82より全然遅い。海外のライダーはSC82を買って、公道やサーキットを走って楽しむことを普通にやっていますからね。

太田:確かに欧州などの海外市場と、日本市場では使われ方は全然違うよね。

最新のCBR1000RR-Rは大人の究極の嗜好品である!?

伊藤:例え話ですがマン島TTみたいに封鎖できるのなら、SC82に革ツナギ着て乗って、地元の蔵王の峠道を全開にして走ってみたいです。多分自分は、ちゃんとコントロールできると思いますよ。

須貝:前に伊藤さんとそんな会話したね。1000ccのスーパースポーツってこんなに速くなくても良いんじゃないと伊藤さんに言ったら、伊藤さんはそんなことないと返事した。自分は公道では、アクセル全開の時間を長めにできる排気量やパワー感のバイクが好みなので。

伊藤:でも今のSC82って、サーキットでも公道でも使えるABSが付いているから、峠道でもちゃんと止まれる。

須貝:確かに、重くてブレーキが効かない昔の大型車よりは、安全な乗り物なのかもね。どちらが危ない乗り物……という話になると。昔の大型車の方が、実は今では非日常的なのかも?

太田:サーキット試乗の場合、昔の大型車で200km/h出すのって、今のバイクで350km/h出すのと変わらない危なさだったからね。80年代になってから、バイクってだいぶ真っ直ぐ走るようになった。

伊藤:SC82ってスタンダードで250万円以下、SPは300万円以下で買える。例えばジェット戦闘機? ああいうすごいものに自分は乗ってみたいけど、現実的には買えない。でもそれに近いような「非日常」が300万円以下で買える。これってスゴイことだと思いますよ。最高の嗜好品でしょう。カッコ良いですし。

須貝:なるほどSC82は成熟した、大人の選択ができる人が購入して楽しめるモデルなのでしょうね。

 

PHOTO:南 孝幸 まとめ:宮﨑健太郎
*当記事は月刊『オートバイ』(2025年1月号)の内容を編集・再構成したものです。

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