人気のスクーターであるPCXが、スタイリングを一新するとともに、各部をブラッシュアップした新型になりました。実は歴代PCXシリーズとは、仕事をとおして接する機会が多いという伊藤さんは、新型の160版をどのように評価したのでしょう?

伊藤真一(いとうしんいち) 1966年、宮城県生まれ。1988年、国際A級に昇格と同時にHRC ワークスチームに抜擢される。以降、世界ロードレースGP(MotoGP)、全日本ロードレース選手権、鈴鹿8耐で長年活躍。
2025年は監督として「Astemo Pro Honda SI Racing」を率いて、全日本ロードレース選手権や鈴鹿8耐などに参戦する。
150cc時代から、PCXとは深い付き合いがありました
自分が所有しての話ではないのですが、実は軽二輪クラスのPCXには結構乗っています。かなり前から、タイでレーシングライダーを育成するアカデミーの仕事をさせていただいてますが、あちらへ出張したときの「足」として150cc、そして近年は160ccのPCXを使っていました。
タイのチャーン・インターナショナル・サーキットでは、アカデミーの生徒たちの走りをチェックするため、PCXで外周路をグルグル回ってます。
PCXのようなスクーターを購入する主な層は、二輪専門誌を熱心に読み込むような方たちではないと思いますが……。それなりに長く、軽二輪のPCXに付き合ってきた者としての新型PCX160のインプレッションを、皆様にお届けできればと思います。
前回PCX160を取り上げたのは、2021年型の最初のモデルでした。その時は125cc版との比較試乗で、バランスの良さから160より125の方が好ましいと思ったのですが、今回試乗した新型160は旧型よりもかなり良くなった印象がありました。
高速道路を走れるのはPCX160のメリットですが、高速走行での安定性はすごく上がった印象でした。
フロントまわりのデザインが変わったことで、エアロダイナミクスが向上したのか? タイヤや足まわりの設定が効いているのか? 何が高速での安定性向上に寄与しているのかはわかりませんでした。
ただ2バルブエンジンだった150cc時代のPCXは、高速道路では目一杯無理して走らせているという印象でしたが、新型の160では無理している感じなく、高速走行をこなすことができます。
高速での安定性は車体全体のパッケージで決まるものですが、リアまわりの作りがプラスに働いているような気がします。
リアの2本ショックは95mmのストローク設定ですが、エンジンとスイングアーム一体のユニットスイングであることを意識しないくらい、バネ下の重さを強く感じることなく、しっとりとした乗り心地が出せています。
スポーツ車よりもコストを重視して作られるスクーター用のリアショックなので、1本の値段はだいぶ安いものだと思いますが、それでいてこれだけ上質な乗り心地を高速域で出せるのは素晴らしいと思いました。
残念ながら今回は試せませんでしたが、このリアショックの性能であれば2人乗りをしても、底付きすることなく快適に走れるだろうと思いました。
エンジンの完成度の高さには、非常に驚かせられました
高速道路を走っているときに思ったのですが、フロントタイヤまわりのボディ開口部が結構大きいのに、前方からの風の影響を大きく受けることがないことに驚きました。
これだけ開口部が大きいと、風を抱え込んでしまうと思うのですが、内側の8本のスリットで上手く抜けるようになっているのでしょう。
前のPCX160から採用されている4バルブのeSP+エンジンは、とても良いですね。
50~60km/hくらいの速度域から90km/hくらいまでの加速の、スロットルを操る手に「付いてくる」感じが気持ち良かったです。
高剛性なクランクまわり、ピストンオイルジェット、油圧式カムチェーンテンショナー、ダブルコグベルトなどが採用されたeSP+エンジンは、フリクション感が少なくて非常に快適に走らせることができます。
2バルブの150cc時代より、はるかに良いエンジンになっていますね。あと、スクーターのユニットスイングはボテっとした外観になりがちですが、PCXのデザインはとても良いです。
自分だけの感想かもしれませんが、Hondaの船外機と共通のデザインテーマみたいなものを感じてしまいましたね。
クリーンでスッキリとした、優れたデザインだと思いました。
あとエンジンで素晴らしいと思ったのは、アイドリングストップ機能でした。
エンジン停止から再始動するとき、ククっと苦しげにクランキングするようなことは全くなく、とてもスムーズにエンジンがかかります。
再始動前にピストンを最適な位置まで移動させ、バルブリフターを自動で使って圧縮を抜いてクランキングを楽にさせているそうですが、ゼロ発進のスムーズさは電動スクーターより上に感じました。
2010年からPCXはアイドリングストップを採用していますが、新型のそれは洗練度が非常に高いと感じました。
前のモデルでもそう感じましたが、フロントブレーキは制動力がエンジンの性能に対して少し足りない印象でした。
握り込んでもABSが作動することはなく、ABSが作動するほどまでに油圧の液圧が上がらない感じです。
試乗車はほぼ新車状態でしたので、ブレーキの当たりが完全についていない感じだったのかもしれませんが……。
ただ、その時に挙動がおかしくなることはなく、ABSが作動することなく止まるという感じで、ブレーキングで怖い思いをすることは一切ありませんでした。
完成度の高さには文句なし! 気になるのはその価格設定?
前モデルの試乗の際にも感じたことですが、PCXのライディングポジションは自分の体格ではちょっと小さく感じてしまいました。
今回の新型の試乗では特に、ハンドルの絞りがキツくてバーエンドが下がり気味に思え、ハンドル幅も狭く思えてしまいました。
ただ、PCXのようなスクーターモデルの、大きなマーケットである東アジアの人たちは小柄な方が多いので、自分よりも小柄な方にとってはこのPCXのライディングポジションの方がちょうど良くて、好ましいのかもしれませんね。
前モデルのハンドルはハンドルバーやクランプ部があらわになっていましたが、新型はカバーで覆われるデザインに変わっています。
先代モデルはハンドルバーにスマホホルダーなどが装着しやすいのが好評だったようですが、新型はカバー付きなのでアクセサリー装着の自由度は低くなっているでしょうね。
細かいところで感心したのは、開け閉めして使う部分……シート下の収納、フロントインナーボックス、フューエルリッドなどの動きがとても上質なことでした。
パカーンと勢い良く開くのではなく、ダンピングが効いていてスーっと開くのは、好ましく思えました。高価格なスポーツモデルに比べると、安価なスクーターは上質感を演出するのがコスト的に難しいですが、PCX160はかなり上手くできていると感じます。日常で接することが多いこれらは、使っていての満足感の有る無しを感じやすいパーツですが、それぞれとても完成度が高いのはとても良いことだと思いました。
ひとつ気になったのは、同時に発売された125ccモデルとの価格差でした。
125ccのPCXは37万9500円と、同じホンダの125ccモデルであるCT125・ハンターカブ、ダックス125、モンキー125が45万円以上するのに対し、かなりお買い得な価格設定になっています。
一方で軽二輪のPCX160は46万2000円と、125㏄のPCXよりも8万2500円も高い価格になっています。
いざという時、高速道路を走ることができるのはPCX160の優位性ですが、125ccのPCXの価格と比べてしまうと正直、その差額を払えるかどうか考えてしまいます。
ホンダの軽二輪スクーターの上級機種であるフォルツァ(250cc)の78万1000円よりは、はるかに安価ということはできますけど……。
国内の年間販売計画台数は125ccのPCXが1万8500台、PCX160が6500台となっていますが、この数字の差も価格差に影響しているのかもしてません。
軽二輪のフルサイズである、250ccのビッグスクーターよりもコンパクトなので取りまわしに優れ、市街地での適正が高いPCX160は都市部のユーザー向けのモデルだと思います。原付二種の125ccでもなく、軽二輪フルサイズの250ccでもないPCX160を、125cc版との価格差を意識せずにあえて選ぶ人がどれだけいるのかはわからないですね。
(注意書き)
PHOTO:南 孝幸・松川 忍 まとめ:宮﨑健太郎
*当記事は月刊『オートバイ』(2025年6月号)の内容を編集・再構成したものです。