メーカーの工場における塗装のイメージといえば機械のライン……だけどHAWK 11にそれは当てはまらない。それは、Hondaとしても『こだわりのバイク』であることの証明に他ならない。
初めての素材で『量産』を実現しなければならない
メーカーの工場におけるバイクの生産というと、なんとなく『機械のライン』で流れていって、どんどん生産されていく……というイメージがある。
だけどHAWK 11(ホーク11)というバイクはやっぱり特殊で、その生い立ちだけでなく、製造の現場でも『他とは違う』扱いを受けていた。HAWK 11のシンボルとも言えるロケットカウル。それが実は、ひとつひとつ『職人の手仕事』によって塗られているというのだ。
それをはじめて聞いた時は『量産車なのに手塗り? それはあまりにも効率が悪いのでは……』と、そんなことを考えてしまった。だけどそれは『こだわり』であると同時に、HAWK 11という『Hondaの挑戦』を実現するために必要な行程だったのだ。
話を伺ったのはHAWK 11の塗装工程をまとめるPL(Project Leader)の松下さん。年齢は若干29歳。正直、けっこう若いな……と思った。塗装というのは、それを自分でやったことがある人はわかると思うけれど、センスと同時に『積み重ねた経験』がモノを言うところがある。
20代ではまだ経験が足りないのではないか? 失礼ながらそう思ったのだが、話を聞くうちに、それが大きな間違いだということに気付かされた。
松下さん『今は昔より良くなったけど、FRPっていう素材は(表面が)けっこうボコボコ、ザラザラなんです。HAWK 11のロケットカウルはベテランのHAWK11専任の人が最終的なチェックをして、手直しや仕上げをやってもらっているんですが、最初にこの話をした時はちょっと微妙な反応でした』
当たり前のことだけれど、製造の現場では決められた時間の中で、決められた数の製品を確実に生産しなければならない。そんな中でのFRP素材のロケットカウルは、言ってしまえば「他より手のかかる仕事」でしかない。
松下さん『それをABS樹脂のパーツと同等のクオリティで仕上げなければいけないんです。熱の問題もありましたけど、だから手塗り。まずFRPっていう、初めての素材での量産の工程を1から作らなきゃいけないんです。スムーズに量産できるようにすること。それをやりきるために色々と考えました』
HAWK 11のロケットカウル、そしてその他のパーツの塗装工程をまとめていく作業は実際のところかなりバタバタで、つきっきりでの仕事になったという。熊本製作所にある既存の設備を使って、初めての素材での量産行程を組み上げる。もちろん、失敗は許されない。
松下さん『今までとは違って。いつもだともうちょっとゆっくり検証できるんですけどね。このバイクは検証して、変更点が出ればまた検証して。かかりきりでした。検証で塗ったものを職人さんに見てもらったり。HAWK 11の塗装チームは全員で40~50人くらいなんですが、全員を集めて説明する時に“HAWK 11のコンセプト”の話を通常より長めにとったり、“カラーのコンセプト”もちゃんと伝えるようにしていました』
その過程は常に「FRPの量産行程はこれでいいのか?」という自問自答の繰り返し。そして、ひたすら現場との調整だったという。初めての素材で初めての工程を生み出すのだから、当然誰も教えてくれない。自分で考えるしかないのだ。
松下さん『だけどちゃんとモノになった。このバイクは社内でも色んな人が注目していたから。その中で前例のないFRP素材の塗装の量産工程をつくれたのは充実感があったし、その実績を造れたことのは、しんどかったけどやって良かったと思ってます。それに(このプロジェクトの)準備がだいたい終わった頃にLPL(総指揮を執る役職/Large Project Leader)から手書きでメッセージが届いたんです。それも、ちょっと感動でした』
プレッシャーの大きな仕事だったはず。けれど松下さんはPLの仕事を『楽しい』と言った。若いのに大したものだ……なんて思ったのだけれど、話はこれで終わりじゃない。松下さんへのインタビューが終わった後、製造の現場を取り仕切る人物(古賀さん/EPL)から驚くべきことを告げられたのだ。
古賀さん『彼がインタビュー中によく言っていた“検証”のことなんですけど、あれ、基本はほとんど自分で実際に塗って試してるんです。それに彼の塗装の腕前、ベテランの塗装工にも見劣りするレベルじゃないと思ってます』
なんてこった……塗装PLっていうのは、あくまで「まとめる人」なのかと思っていたんだけど、違った。
松下さん自身も『職人』のひとりだったのだ。塗装する際のパーツの吊り方から塗る手順まで、そのほとんどを自分自身がまず実践(検証)して、それをチームに伝える。その作業をしながら全体の工程も同時に組み上げる。当然だけどロケットカウル以外のパーツも塗装PLの仕事の範疇……きっと、すさまじい仕事量だったに違いない。はじめに松下さんを見た時に「若いな」なんて感じたことを恥ずかしく思うばかりだ。
だから、HAWK 11のオーナーのみなさんには、陽光の中でロケットカウルに写り込む景色を「綺麗だな」と感じた時に、ちょっと思い出してほしいと思います。
このバイクの象徴たるFRP製ロケットカウルが、象徴として成立しているその裏側には、開発段階だけではない部分にもHondaとしてのチャレンジがあったのだ、ということを。
そして、何気ないワンシーンで感じる満足は、松下さんを含む『職人たちの手仕事』によって生み出されたものなんだ、ということを!
【文/北岡博樹(外部ライター)】