通常のHondaとは違うアプローチで生まれたというHAWK 11。その誕生は、ひとりの社員の控えめな提案からはじまった。
HAWK 11(ホーク 11)を語る上で外せないキーマン
HAWK 11というバイクは、開発のリーダーを務める厳格な人物だったこともあり、その開発に携わったエンジニアやデザイナーたちは生え抜きの人材ばかり。僭越ながら、各担当者にインタビューするたびに、その優秀さにはハッとさせられている。
そして、それら開発に携わった人物たちからは、たびたび『発案者の』とか『HAWK 11を考えた人の』といった言葉が出るのだが……今回はついに、『HAWK 11の生みの親』とも言える人物にコンタクトをとることができた。
ちなみにそのキーマンはHondaのデザイナーだと事前に聞いていたこともあり、そうは言ってもキラキラした人物を想像していた……のだけれど、やはり先入観というのは良くない。実際に目の前に現れたのは、私(北岡)にとって意外と言っていい人物だった。
モーターサイクルデザイン開発室所属、内田 弘幸さん。
その人となりをひと言にまとめるならば『温厚』そのもの。先陣を切って活躍するような英雄的なタイプではなく、こういう言い方が許されるのであれば『バイクが大好きな50代の優しいおじさん』といった印象。ただ、ひとしおならぬ深さで『Hondaへの愛』を感じる人物だったことは付け加えておきたい。
純粋な『想い』とHondaへの『愛』
内田さん『私にとって、バイクの一番の魅力は“音”です。どれだけ高い馬力が出ていても“良い音”がするバイクの魅力には敵いません。そんな時に、ある1台のバイクに出会いました。アフリカツイン(CRF1000L Africa Twin)の試作車がはじめてデザイン室に運び込まれた時、その“音”に心を動かされたんです』
不等間隔爆発のパルス感と、その豊かな音。それを聞いた時に内田さんは、学生の頃、思わず振り返ってしまったCB250RSの音を思い出したそうです。
内田さん『その時に確信したんです。このエンジンでワインディングを走ったら、絶対に楽しいよねぇ! って』
きっかけは、本当にそれだけ。この時点では、ひとりの社員の抱いた妄想と言ってしまってもいい。ただ、内田さんという人物は『Honda』を心の底から愛していて、それゆえに、ひとりの社員としてHondaの行く末を案じてもいた。だから、控えめながらも「アフリカツインのエンジンを使用するロードスポーツモーターサイクル」を提案してみたのだという。
内田さん『私ももう50代です。まだまだ乗れる! とは思っていますけど、最後のバイクは良いバイクに乗りたい……と考えることも増えました。だからアフリカツインの試作車のエンジン音を、繰り返し繰り返し頭の中で再生して、想像を膨らませていったんです。気持ちの良いワインディング路。(イメージの中で)コーナーを抜けてきたバイクは、丸目1灯のヘッドライトでハーフカウルがついていたバイクでした』
ここで驚いたのは、内田さんがイメージしたのは、あくまで「丸目1灯ライトでハーフカウルのバイク」であって「ロケットカウル」では無かったということ。実際、HAWK 11の開発に発案者として関わるにあたっても「ロケットカウルをつけて欲しい」とは一度も言っていないそうだ。
内田さん『HAWK 11はカフェレーサーと称されることが多いですが、私はデザイナーの方々に、カフェレーサーではなく“現代的な2気筒のオンロードバイクが丸目1灯のハーフカウルをまとったら? ”という提案をしました。理由はアフリカツインのエンジンが合理的で現代的だからです。モダンなエンジンですから、そこで安易に“古き佳きもの”に乗っかるのはダメ。そうじゃない、と思っていました』
確かにHondaはHAWK 11というバイクに対して、ひと言もレトロとは言っていない。『THE WINDING SPORTS』と銘打ち、あくまで最新の大型オンロードスポーツとして主張している。カフェレーサーと言われるのは、このバイクが2022年の大阪モーターサイクルショーで発表された後に、そのアイコンとなるロケットカウルの印象から、既存の“枠”に当てはめるために周囲がそう呼んだにすぎない。
内田さん『従来の概念でものづくりをすることはとても温かくて安心ですが、そこには驚きも前進もありません。そしてHondaは昔から、それまでの概念を超えた斬新な商品提案をし続けているという自負は、私にもあります。Hondaは失敗もするけど、前進し続ける会社ですから』
冒頭に私は、内田さんの人となりを指して「優しいバイク好きのおじさん」を言ったけれども、Hondaについて話す時の内田さんからは一本、芯の通った強さを感じることができる。ああ、この人は本当にHondaのことを愛しているんだなぁ、と感じさせられる瞬間だ。
既存の概念を超えたが故に……
内田さん『HAWK 11はHondaにおいても、バイク一般においても“主流”ではないことは最初からわかっています。でも、エンジンの先進性にマッチした、一線を超えた新しい価値を提供できているとも思っているんです。もちろん賛否両論はありますけど、それは従来の概念を超えたが故の当然の反応。スタイリングデザインを決めていく段階で“HAWK 11の提案者”として“私の提案に最もフィットしているのはコレです”と決める瞬間は勇気が必要でした。でも、このバイクが完成した今は、それを誇らしいと思っています』
内田さん『マニアックなバイクだっていうことはわかっていますけど、乗って面白いものを作ることができた。そして、私と同じような年代(50代)のバイク乗りの人がきっと喜んでくれるバイクを作ることができた。それは(ものづくりをする側として)いちばん喜ばしいことです。このプロジェクトが本当に動き出した時は”大変なことがはじまったぞ!?”なんて思いもしましたけど、今はそれを認めてくれたHonda経営陣の胆力に感謝しています』
世界的な企業のビジネスの一環として考えれば小さなプロジェクトかもしれない。そして、メインストリームにもなれない。だけど社員がやりたいと考えたものに挑戦するチャンスを与え、実現させてくれる。そんな“Hondaらしさ”は今も変わらず引き継がれているのだ。
もとより万人ウケなどは狙っていない。わかる人だけにわかってもらえれば、それでいい。このバイクの在り方をどう受け止めるかは、ライダーそれぞれの自由です。
けれども、すこしだけ覚えておいて欲しいと願うのは……
HAWK 11というのは『ひとの想い』から生まれたバイクだということ。そして、懐古主義とは真逆の、既存の概念を超えたところにある『先進』を目指して生み出されたバイクだ、ということです。
【文/北岡博樹(外部ライター)】