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HAWK 11 (ホーク 11)は『今までのHonda』とは違うバイクとして生み出された【HAWK 11を、知る / 開発インタビュー① 誕生編】

アフリカツインのエンジンとフレームにロケットカウルを組み合わせたHAWK 11は、実を言うと『これまでのHonda』とはちょっと違うアプローチで生まれたってことをご存じでしょうか?

はじめに『エンジン』ありき

 

『アフリカツイン(CRF1100L Africa Twin)のエンジンでワインディングを楽しめるバイクを作ったら面白いんじゃないか?』

 

HAWK 11というバイクが生まれることになったキッカケは、そんな『思いつき』が原点だったといいます。そして、それを思いついた人は、そのバイクにロケットカウルを装着させたいとイメージしていたそうです。

 

 

けれど今の時代、バイクは『ひとつのモデルを同仕様のまま世界中で売る』のがスタンダード。特徴的ではあるものの、万人ウケする訳ではないロケットカウル装着の大型ロードスポーツを作るなんていうのは、グローバル化が進む開発環境の中では『ま、そんなの無理だよね』で終わるはずの話でした。

 

だけど、その話は現実となり、HAWK 11はまさかの日本専用モデルとして『あとは発売日を待つばかり』という段階にまで至ってます。

 

なぜ、この時代に国内専用モデルで、しかも個性派のスタイルを持ったバイクが生まれ出ることができたのか? そこには開発のリーダー(LPL/Large Project Leader)を務めた人物の熱い想いが潜んでいたんです。

 

ものづくり統括部 完成車開発部 アシスタントチーフエンジニア 吉田昌弘さん

 

今回、そんな話を伺ったのは開発リーダーLPLの『代行』となる吉田昌弘さん。なぜ『代行』なのか? と問われれば、LPLを務めた後藤悌四郎氏は、このHAWK 11の完成を見届けると共に、定年を迎え2022年5月に勇退されているからです。

 

吉田さん『なかなかウンって言ってくれない人でしてね、後藤さんは。“ものづくりに一切、妥協しない人”として有名でした。Hondaの社内で最もこだわりが強い人だったと思いますよ』

 

聞けば、エンジニアとしてかなり厳しい面もあるようで、社内でも恐れられるほどだったとか……

マーケティングありき、ではないHAWK 11 (ホーク11)

国内専用車の大型ロードスポーツをつくる。そのプロジェクトの中でLPLを務めた後藤さんはエンジニアの果たすべき責任についても言及していたそうです。

 

吉田さん『バイクを作るだけじゃなくて“今ある技術をどう使うか、それで良いのか”を常に考えることを開発メンバーに求めるんです。HAWK 11は国内専用車ですし、あえてのロケットカウル。すこしニッチなところもあります。でも、そのカテゴリでも、とにかく世に送り出す。それはこれまでのHondaでは難しかったことなので、開発スタート当初、このプロジェクトは裏Hondaなんて呼ばれたりもしてました。でも、それを乗り越えて実現させたのがHAWK 11なんです』

 

このバイクは何台売れるのか? 市場マーケティングありき、ではないところから発進したHAWK 11。Hondaという世界的な大企業からすれば、このバイクは狭い範囲のライダーに向けられたプロダクトなのかもしれません。だけど、そこに一切の妥協は許されない。

 

 

吉田さん『なにせリーダーが厳しい人でしたからね(笑)正直、けっこうしんどかった部分もあります。開発期間も短かったですし。でも、それもあってHAWK 11の開発スタッフはエース級が揃っているんです、精鋭チームなんですよ。そのスタッフで、ようやくここまで辿り着きました』

 

完成したHAWK 11を振り返って話す吉田さんはホッとしていると言いつつ、嬉しそうに話してくれました。要求が高いリーダーの元で、ごく短期間に「バイクを何台も乗り継いできた大人が納得できるもの」を生み出す。そのハードルは我々ユーザーが想像するよりも高いに違いありません。

 

吉田さん『だから本当に、量産が始まった時は嬉しかったですね。“俺らはやったぜ!”って思いました。これは私だけじゃなくて、きっとチームみんながそう思ってる』

エンジニアに託されたもの

吉田さん『厳しいリーダーだったけど、あの人だったから開発に専念できたとも思います。周りから色々言われるようなこともなく……守ってくれていた、のかもしれません。開発中はそんなこと考える余裕は無かったですけどね(笑)あとは「作って終わりじゃない。その先の責任もある。今のHAWK 11はシンプルで“素”の状態だけど、今後マイナーチェンジもあるかもしれない。その時は、君たちが考えてやるんだぞ?」って、今後の責任についても話したりしました』

 

HAWK 11 はHondaとして「前例がない」プロセスで生み出されたバイクであり、それが製品化されたことは「やればできる、実現できる」という、ひとつの自由をこの後のHondaに生み出した。そんな経緯を経てバイクは完成し、2022年9月に発売を迎えることになります。

 

吉田さん『でも今はシンプルに、HAWK 11を選んでくれたお客さんに“買って良かった”と思ってもらえたら満足、いちばん嬉しいです。個人的な想いですけど、長く乗ってほしい。それこそ大人のライダーが最後の1台として選ぶ“上がりのバイク”みたいに、乗れなくなるまで乗ってほしい、なんて勝手に思っていますよ』

 

そんな想いが込められて生まれた1台。今までとは違うHonda。その未来は、後続のエンジニアたちに託されて、HAWK 11というバイクは走り出すことになるのです。

 

【文/北岡博樹(外部ライター)】

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